№102-R1.12月号 安い日本は是か?
円安優位神話に疑問符
今年も残すところ半月余りになりました。国内景気は2014年12月からの拡大局面が年初1月で74カ月を超え、戦後最長になるなど「アベノミクス景気」で上々かのような風潮でのスタートでした。そして10月には延期されていた消費増税が実施され、実感としては過去の増税時ほどの混乱もなく、間もなく3カ月が経過しようとしています。
米中貿易戦争の影響も徐々に統計上に表れ始め、年後半にかけては新聞紙上で日本の先行きを懸念するような記事を多く見受けました。過去に何度も取り上げた人口減少問題も2019年は90万人を割り込むことが確実となり、景気が良いと言われながらも政府の債務残高は増え続けるばかりです。
最近では「円安歓迎論」を疑問視する論調が真実味を帯びています。従来、日本は加工貿易を得意としており、現在においても自動車産業を始めとした製造業が輸出を増やすことで海外での価格競争が優位となり、国内経済や株価に好影響をもたらすため、政府や日銀は為替介入を含めた円安誘導策を推進する傾向にあります。
しかし、多くの断片的な事実を知るに付けて昨今「果たして本当に円安が国内景気を浮揚させるのか?」という疑問を真剣に抱くようになりました。
円安不利の諸要因
前提として、円安になれば輸入物価が上がります。つまり、1ドル=90円が1ドル=120円になれば、1ドルの商品を買う際に30円余分に払う必要があるというということです。
例えば、東日本大震災以降、発電を火力に切り替えた結果、その燃料を液化天然ガスの輸入に大きく依存していることも買い手の日本には不利に働きます。2018年度の貿易・通関統計で見ても、輸入が輸出を15,945億円上回っており、今年度も現時点まで貿易収支は赤字傾向です。同様に、すべての業種において海外から調達する部品や材料が上がることで原価が高騰し、利益率が下がることにもなります。
また、海外からの労働者(働く外国人)にとって日本で就労する魅力が下がり、採用難につながることも大きな問題です。稼いだお金を本国に送金する外国人にとって、会話に問題がなく、さらに高い賃金であれば、労働力が欧米に流出することは常識的に考えられます。
他に、以前は輸出産業の一翼を担っていた家電業界が、現在では外国企業にシェアを奪われてしまったことも円安優位に歯止めをかけていると言えるでしょう。視点を変えれば、今や自動車産業でさえ、為替リスクや人材確保を見越して海外に拠点を置き、海外生産へとシフトしています。
このような現状からも、疑う余地のないはずの「円安優位」を決して鵜呑みにできない理由がおわかりいただけるはずです。
安いことは良いことか…
円安以外にも日本の価格の安さが鮮明になってきました。10日の日経新聞朝刊1面では、ディズニーランドの入場料で米国の半額、ダイソーの店頭価格ではタイやブラジルの半額で世界最安値であることが報じられています。東京のホテルでさえ、五つ星クラスの50㎡の部屋がロンドンの半額にも満たないとのことです。
経済学で「購買力平価説」という考え方「一物一価が成り立つとき、国内でも海外でも、同じ商品は同じ価格で取り引きされるので、国間の為替相場は2国間の同じ商品を同じ価格にするように動き、均衡する」があります。「ビックマック指数」というハンバーガーの価格の違いから為替水準の差を知る例えでも知られていますが、7月時点では日本の390円(3.59ドル)に対し、米国は5.74ドル、スイスは6.54ドルです。消費税等の影響をそれぞれ除けば、対米国では1ドル=67.94円となり、実際のレート108円とは大きく開き、円がさらに割安であることを実感します。
「安い」ということは買い手にとっては有利ですが、企業側の利益は伸びず、人件費を増やすことができません。購買力が上がり物価が上がることが経済成長には必要です。来年以降、長年染みついたデフレマインドを払拭するような成長戦略を期待したいものです。
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