№160-R6.11月号 教科書で学ばない重要指標
手許流動性(比率)
日々生活していると誰もが「学校で習ったのに実際はあまり使う機会がない」と感じる理論や公式などがあるのではないでしょうか。経営に関しても大学院や資格試験で学ぶ課程で同様なことに気付きますが、一方で「なぜ、このような大事な指標をもう少し重点的に教えないのか」という疑問を抱くことがあります。
今回はそのような重要指標について取り上げてみます。最初は「手許流動性(比率)」です。過去にもこのレポートで取り上げているように、個人的には安全性指標の中でも最優先に紹介すべき考え方だと思っています。
教科書では「流動比率」、「当座比率」、「自己資本比率」、「固定長期適合率」などを企業の安全性を図る指標として記しているのが一般的です。確かにこれらは現時点で企業にどの程度体力があるかを知るうえで重要であることは間違いありません。しかし、会社が倒産するのは資金がなくなったときです。
この考え方に基づけば、現在自社に資金と支払余力がどの程度あるかを把握できる指標が最も重要ということになります。手元流動性は、「現預金+短期有価証券+(保険積立金など換金性が高い資産)」で、簡潔に言えば「すぐに換金できる資産の合計」です。また、「手許流動性」を月商で割ったものが「手許流動性比率」で、目安としては中小企業であれば1.7カ月、大企業であれば1カ月程度あれば安全と言われています。最も優先順位の高い安全性指標が教科書に載らないのは実務家としてはとても不思議です。
収支分岐点売上高
「損益分岐点売上高」は教科書で学ぶ指標です。費用を収益でカバーして損益がプラスマイナスゼロになる状態のことで、同時に「損益分岐点比率」や「安全余裕率」を計算し、どのように損益分岐点を下げるかについて考えたことがあると思います。
理論的には大切な考え方ですが、この学びで「損益分岐点売上高を目指そう」という視点になると資金繰りを見誤ることになり危険です。実際に、多くの企業では借入金が存在しますし、損益計算書に計上されない事業にとって不可欠な保険料の支払いがあったりします。つまり、会社は資金がショートしないための売上を達成する必要があり、「損益がプラスマイナスゼロになる売上高」では足りないのです。
「利益は出ているけど、お金が残らない」というご相談が多くありますが、税負担が大きいというよりも、むしろ大部分は利益以上に借入金の返済が多いことにあります。経営者は「損益がプラスマイナスゼロ」ではなく、「収支がプラスマイナスゼロ」を目指すべきです。具体的には、「損益分岐点売上高」を計算する過程で「固定費」から減価償却費を減算して年間借入返済額を加算すれば概算の「収支分岐点売上高」が算出できます。この辺りも座学でもう少し深掘りして欲しい論点です。
付加価値(額)
最後は「付加価値」です。「付加価値」は会社の生産性や経済成長を推し量る指標で、企業の存在意義は経営資源を使って「付加価値」を増やすことにあります。「付加価値」を上げ続けなければ、今後の物価や人件費の上昇に対応することはできません。何よりも重要な「付加価値」ですが、教科書で大きく取り上げられることや学校で「付加価値」をテーマに議論されることは知る限り殆どありません。
中小企業診断士に「付加価値額の公式を教えて欲しい」と質問されることがありますが、他の指標のように定型のものはありません。教科書的には「加算法」が一般的に使われるようですが、中小企業白書や経済センサス、補助金申請等で使用される数値はすべて異なります。
提出物などでは、指定がある場合は求められる計算式に従い、特に指定がない場合は自社に有利な方法を採用するのが原則です。会社の指標として算出する場合は、業種や状況に応じて最も合理的かつ誤差が生じにくい計算式を採用するするようにしています。企業ごとに「付加価値額」を分析することで、人件費を増やすためにはどうすべきかという議論もしやすくなるはずです。
今回は何故か教科書で学ばない超重要指標をご紹介しました。安定経営を目指すためにも是非積極的に活用してみてください。
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