№143-R5.5月号 生産性向上と効率化
進む効率化
仕事柄出張で電車を利用する機会が多いせいか、コロナ禍で「みどりの窓口」や切符売り場に並ぶ乗客が急激に増えた気がします。
個人的には新幹線、名鉄、JR東日本各線に乗車する際は、ウェブサイトかアプリで予約するようにしているため、最近では時間ロスのストレスを感じることはなくなりました。チケットレスサービスであれば、長時間並ぶ必要がないだけでなく、発車時刻の4分前まで無料で予約の変更が可能(新幹線)ですし、料金まで安くなります。
実際に、JR東日本は2025年までに「みどりの窓口」の約7割を削減し、有人窓口によらない販売体制へのシフトを進めることを発表していますので、計画が着実に進んでいる印象です。また、現金が使用できる券売機も明らかに減少しており、鉄道各社は交通系ICカードへのシフトを促しています。
同時にもう一つ(特に都市圏)感じているのが、列車本数の減少です。リモートワークが急速に普及したことで通勤や出張の機会が減ったことによるものですが、この影響で鉄道各社の収益は激減しています。
そこで、駅のオペレーション省力化での人員削減と磁気券を廃止して券売機や自動改札機の非接触化を進めることで、イニシャルコストやランニングコストの削減を図る戦略を実施したということでしょう。大企業ではありますが、「効率化」のわかりやすい例として冒頭でご紹介しました。
生産性向上≠効率化
上記のような「効率化」の話をすると、「生産性向上」と勘違いされることがあります。こうした新たな技術や設備投資などによる合理化は、時間短縮を含め固定費の削減をもたらすものであり、正確には「効率化」です。
そのため、「DXでIT化を推進し、RPAを導入して合理化を図り、生産性を向上させる」のような表現は間違っています。「生産性の向上」は固定費の削減ではなく、付加価値(=限界利益)を上げることであり、変動費(原価)率を下げることです。付加価値を上げるためには、売上を上げるか原価を下げるしかありません。
特に、中小企業の場合は、変動費(原価)率を抑えることやイノベーションを起こして新たな製品を開発することが比較的困難なため、実質「値上げ」以外に「生産性向上」の手段はないと言えます。
「値上げ」を受け入れてもらうためには、持続的に良い商品やサービスを提供する必要がありますし、その実現には良い人材の確保が欠かせません。そして、十分な人件費を維持するためには他社よりも高い価格を実現して付加価値(=限界利益)を向上させるという結論に至ります。
「効率化」により煩雑な作業が省力化されたのであれば、余剰人員は削減するのではなく、より創造的な仕事に従事してもらい高付加価値化(=「値上げ」)に貢献してもらうのが理想です。「効率化」による固定費の削減は重要ですが、賃上げの原資となる限界利益の向上には貢献しないことを理解しておく必要があります。
日本の「時給」は増加
日経新聞で、「時間当たりの賃金は直近の10年間で12%増加している」との記事が紹介されていました。長い間「日本は先進各国の中でも労働生産性が低い」と言われ続けてきましたので、労働生産性(労働時間あたり)が米国、カナダ、ドイツに次いで第4位なのは少々意外な感じがします。
雇用形態の多様化や働き方改革等の浸透で年間の労働時間が7%減少したことが大きく、時給上昇要因の3分の2は「効率化」によるものだそうです。この現金給与総額に物価上昇を加味した実質賃金は下がっている状況で、パートタイマーなど短時間労働者の割合が増えたことが労働生産性(労働時間あたり)を上げているという現象は、「ステルス賃上げ」とも呼ばれています。
「ステルス賃上げ」は付加価値の増加を伴わない単なる雇用形態の工夫であり、中小企業の「生産性向上」とは無関係です。繰り返しになりますが、付加価値を上げない限り、決して給料は上がりませんし、景気も過熱しません。
「効率化」には限界があるため、今後は「生産性向上」に主眼を置き、付加価値の引上げを最優先した企業こそが中長期的な業績を伸ばすことになるでしょう。
<複製・転写等禁止>