№125-R3.11月号 持たざる経営

持つことは非効率

コロナ禍において、在庫や建物などを所有することで発生する多額な資金や維持費等の負担を極力抑えることで、効率を優先する「持たざる経営」が脚光を浴びています

この言葉で印象的なのが、以前、星野佳路氏の話を聞いた際に、その中で熱く語っていた「貸借対照表を膨らませない」という持論です。

星野リゾートは、固定資産を取得して事業展開することが一般的なホテル業界において、運営ノウハウの提供に特化した経営を貫くことで、一躍不動の地位を築き、全国各地の宿泊施設の再生や活性化に貢献したことでも有名です。そして、「持たざる経営」は人にも及んでいます。

先回お伝えした通り、最低賃金や社会保険料の増加で人件費負担は年々重くなるばかりです。そのため、政府が推進する生産性向上のためのIT化が、思惑とは裏腹に中小企業の「人減らし」を促進してしまっている状況です。

逆に、自動車メーカーでは、早い段階からトヨタ自動車が「ジャストインタイム」方式を導入し、過剰な在庫を持たない方針を貫いてきましたが、最近では少し様相が変わってきています。

これは国内メーカーに限らず、世界的なレアメタル不足が原因ですが、主要各社は3~5カ月程度に半導体在庫を積み増している状況です。デジタル制御の拡大に伴い、今後も半導体依存は強まる傾向で、電気自動車が増える2030年には自動車1台に使う半導体の量はさらに3割増えると言われています。

これらの例からも「持つ」という選択は、やむを得ないケースに限られ、今や「持たざる経営」は事業規模を問わず、効率性の観点からも経営の主流になりつつあるようです

アセットライト経営

資産の保有を抑えて、財務を軽くすることを目指す経営を言います。具体的には、工場などの生産施設・設備を自社では持たず、生産を外部企業に委託するいわゆる「ファブレス」や最近増加傾向にあるオフィスを所有せずに賃貸するといった形態ですが、資産を取得するための資金調達が不要で、自社のリソースを「高付加価値分野」に特化させることができるのが特徴です。

ファブレスメーカーを例にとると、有名な企業としては、アップルやユニクロ、キーエンスなどがあります。

今回はファウンドリ企業(製造以降の工程を担当する企業)には触れませんが、受託側も品質管理や生産に集中できるのがメリットです。稼働率向上やロス削減を目的としてOEM製造を受託する企業も増えており、有機的な連携ができれば相乗効果が期待できます。

資本力に乏しい中小企業にとっては、過剰な資産を保有することが財務状況を圧迫するため、「アセットライト経営」を意識してメタボ体形を細マッチョ体形に改善することが生存確率を高める常套手段です。「資産」を可能な限り「軽く」することで経営不安の解消につながります。

経営指標への影響

「持たざる経営」は経営指標にどのように影響するでしょうか? 例えば、「流動比率」には棚卸資産が含まれます。過剰在庫(不良在庫を含む)は「流動比率」を引き上げますので、安全性を見誤るかもしれません

別の安全指標では「固定長期適合率」も慎重な判断が必要です。固定資産がなければ、低い値が望めますが、「持たざる経営」であれば、固定資産を取得するための固定負債もないことになります。固定資産が少なくて、「固定長期適合率」が低いのであれば、固定負債の内容が長期運転資金の可能性も考えられます

一方で、投資指標としては、ROAやROICが高くなることで、資産を所有せずに効率良く稼いでいるという判断から、株主や金融機関の評価は確実に高まるでしょう

このように「持たざる経営」は経営指標に対しても良い傾向として表れますが、個人的には、貸借対照表上の資産はそもそも手元流動性(現預金と有価証券や保険積立金等ですぐに換金できる資産)以外すべて棄損と考えています。長い自粛期間で、経営資源の一要素でもある「モノ」(場合によっては「人」も)が重荷になることを経験し、リモートで多くの業務が処理できるようになりました。不確実性が高い時代への対応策として、今後は「持たざる経営」がさらに加速していくような気がします。

 

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