第15回 松本城 <長野県>

月見櫓(奥に辰巳附櫓)、大天守、渡櫓、乾小天守 手前は本丸御殿跡

黒門 屋根には歴代城主の6家の家紋の付いた軒丸瓦がある

小天守・渡櫓・大天守と埋橋

29 松本城<長野県>

漆黒で美しい姿の松本城は、江戸時代以前の建築で、「現存12天守」のひとつに数えられ、また、その中でも日本唯一の平城でもあり、5重6階の天守としては最古の国宝の城です。

戦国時代まで信濃守護小笠原氏の支城であった「深志城」が前身と言われており、武田信玄、織田信長の属城を経て徳川家康の支配下となり、深志城を与えられた小笠原貞慶が「松本城」と改称しました。

家康が関東へ移る際に石川数正が入城し、城は大規模に改修され、その後、子の石川康長が天守を5重6階の大天守に、元の天守は3重4階の乾小天守に改築され、二つを結ぶ渡櫓が築造されました。

江戸時代には、家康の孫、松平直正が城主となり、月見櫓と辰巳附櫓を築造し、この異なる時代の5棟の天守群が国宝に指定されています。

明治時代の廃城令により解体の危機が訪れますが、地元有力者の尽力により買い戻されたことで解体を免れます。しかし老朽化が著しい城は傾き始め再び存続が危ぶまれた時、地元中学校の校長の呼びかけで寄付を募り、市民らの取り組みで11年にわたる大改修を経て、見事に存続を果たしました。

現在、大天守の前に広がる本丸御殿跡は本丸公園として整備され、春の桜、夏の青々とした緑、秋の紅葉、冬の雪、と四季折々に美しい城姿を楽しませてくれます。

 

別称:深志城

長野県松本市丸の内4-1

黒漆塗りの下見板張りは毎年塗り替えられ、その美しさを保ち続けている