№139-R5.1月号 CL決済の浸透と紙幣の増加

日銀券のパラドックス

国内のキャッシュレス決済比率は2021年時点で32.5%となり、クレジットカードや電子マネーの利用が普及したことで順調に増加しています。個人的にも決済手段で現金を使う機会が大きく減り、今では預金口座での自動引き落としを含めると、支出の9割以上がキャッシュレス決済です。現金を持ち歩かなくてよい利便性や安全性、ポイント還元などの実質値引きなども普及を後押ししている要因かもしれません。

キャッシュレス決済が進む一方で、実は紙幣の発行枚数が増えているのは意外と知られていないようです。日銀が今月5日に発表したマネタリーベースでは、昨年12月で紙幣は122兆8614億円で前年比2.7%増(10年前比41.7%増)となっており、近年は前年比で2~6%の増加を続けています

政府はキャッシュレス決済を浸透させたいはずですが、何故紙幣を増やそうとするのか…とても不思議な現象(日銀券のパラドックス)です。周知の通り、2024年度の前半にも新紙幣が発行される予定で、既に国立印刷局では新紙幣の量産が開始し、旧紙幣は2022年9月で製造が終了しています。

記憶をたどれば、麻生財務大臣が5年前(2019年4月)に新紙幣への切り替えを発表したことも、当時からその意図が良く理解できていませんでした。

紙幣増加の要因

紙幣が増えていることにはいくつかの要因があります。全体として言えることは、家庭にある「タンス預金」が増え、昨年10月末現在で53.7兆円(第一生命経済研究所試算)も存在し、流通紙幣の約半分に上っていることです。

個別には、まず、高齢化の影響があり、高齢者ほど高額の決済(5万円超)を現金で行っているというデータがあります。電子マネーやバーコードでの決済に抵抗があるのかもしれません。

次に、コロナ禍の先行き不安で手元に多めに現金を保有しておきたい人が増えていることです。他国のような都市封鎖はないものの、勤務先の経営不振による収入減や失業への懸念がそのような行動につながっていると考えられます。

さらに、金融機関による支店の統廃合が進んだことも紙幣増加の一因です。低金利の長期化は金融機関の収益環境にも影響し、全国で預金を引き出せる窓口(支店など)やATMの数が急激に減少しました。そのため、1度に多くの現金を引き出す利用者が増えつつあるということでしょう。

日銀は今後も「現金への需要がある限り、現金の供給を責任を持って続ける」という姿勢のようです。紙幣が増加する一方で、硬貨の流通は2021年12月以降減少しており、キャッシュレス化が小銭を使う機会を徐々に減らしていることがわかります。

貨幣の役割と進展

紙幣が増加している事実を分析したところで、今一度「貨幣(紙幣+硬貨)の役割」についてご説明します。学校で学んだ通り、貨幣には3つの役割があります。

一つ目は交換機能です。お金がなかったら、物々交換をしなければなりません。自分がリンゴしか提供できなければ、生活していくために野菜や魚を扱っている人など無数の人と交換交渉をし続けることになるでしょう。この「交換機能」で日々の時間が大幅に節約されていることに気付かされます。

二つ目は価値尺度機能です。例えば、リンゴがみかんの2倍の価値がある場合、その価値をどのように比較すべきでしょうか。「リンゴが200円、みかんが100円」というように、価値を「円」という同じ尺度で測ることで比較を簡単にできるようにするのがお金です。

三つ目は価値保存機能になります。お金は価値を保存することが可能です。例えば、交換するつもりであったリンゴや魚は腐ってしまうかもしれません。物々交換が成立したとしても、腐る前に他のモノと交換できなければ、価値はなくなってしまいますが、お金で取引すれば手元に200円という価値が残ります。

このように貨幣は人類に大きな影響を与えてきましたが、時代が進み、お金という現物がなくても三つの機能は維持されるようになりました。日銀は今年からメガバンクなどとデジタル通貨(CBDC)の実証実験をする方向で調整することを決め、2026年までに発行の可否を判断する方針です

 

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