№151-R6.1月号 価格交渉のポイント
値上げは正しい企業努力
以前このレポートで、賃金や物価上昇が著しい状況での価格維持や値下げを公言している中小企業の経営者は間違った「企業努力」をしていると述べたことがありました。緻密な原価計算のうえで実際は赤字でなく「赤字覚悟」という触れ込みであればむしろ戦略的ですが、利益を下げ続ける販売は従業員や仕入先にとっても決して有難い話ではありません。
顧客第一が理念であれば、確かに顧客にとって安価で購入できるという面では一部理に適っていますが、経営の観点からは従業員の賃金が上がらず、仕入先は値下げを強要されるのであれば、この状態が長続きしないことは明らかです。
顧客、従業員、取引先のすべてを満足させるためには、良い商品やサービスを適正な価格で流通させることであり、その結果、安定した経営が長く続くことになります。つまり、賃金や物価が上がっているのであれば、それに合わせて販売単価を上げることが正しい企業努力です。
最近ではコーヒーなどで「フェアトレード」という言葉を耳にしますが、とても良い表現だと感じており、誰か窮地に追い込まれるような取引は避けるべきだと思います。賃金上昇とインフレの波が勢いを増している状況においては、品質やサービス、生産性の向上に努めたうえで躊躇なく値上げ(交渉)をすることが正しい選択であり、世の中の流れに逆行することは命取りになりかねません。
交渉の準備・前提
下請けの中小製造業で販売単価の交渉が思い通りに進まないというご相談を多く受けるようになりました。1社に対する依存度が高い企業も少なくなく、取引停止をちらつかされると廃業に直結してしまう恐れもあり、立場の弱さから交渉に踏み出せないと言います。形式上は下請法や独占禁止法が存在しますが、余程大きなトラブルでもない限り機能することはなく、そのような言葉を持ち出せば、即取引停止に追い込まれてしまうことでしょう。
しかし、ヒアリングをしているうちに、そもそも交渉の仕方として見直した方が良い点もいくつかあることに気付きました。比較的多かったのが、納品などの際に「最低賃金も1000円を超えたので、〇月から単価も少し見直してもらえませんか?」のような、大事な論点を口頭でお願いするパターンです。
少なくとも、毎年、決算報告の時期などに合わせ、前年対比での人件費、製造に付随するコスト(材料、消耗品、ガソリン代、従業員の募集広告費など)の具体的な上昇額、消費者物価の動向や最低賃金、ガソリン価格の推移、生産効率を上げるための設備投資(予定)額を示した表などを作成して書面で実態を明らかにする必要があります。書面で的確に提示することにより、却下するのであれば、親会社にもそれ相当の理由が必要になるからです。
交渉の本質
交渉の要(かなめ)は「粗利の確保」にあります。交渉の仕方としては、まず、売上高の上位70%以上を占める企業をピックアップし、各社の粗利益額を比較して低い企業から順に単価を見直していくのが一般的です。
個人的には、毎年定期的に面会をして状況を書面で伝えることが信頼関係の構築にもなり有効だと考えます。また、固定費からのアプローチだけでなく「変動費スライド制」を提案するのも存続の観点では重要です。
具体的には、変動費を構成する「数量×単価」のうち、市況によって変化する「単価」の部分が販売単価に反映される契約にできれば「粗利の確保」がしやすくなり、変動費に関する交渉の手間が省けます。
例えば、材料費や消耗品、運賃、外注費が50円上がれば、販売単価にも上昇額が連動してオンされる仕組みです。もちろん、コスト単価が下がれば、販売単価も下がりますが、固定費の前にまず限界利益を確保しなければなりません。単価交渉のポイントは、双方にとって条件が良くなるように考えることです。
力関係がどうあれ、一方的にこちらの都合ばかりを述べるのではなく、「この機械を導入すると品質が格段に良くなる」とか「継続教育や退職金制度の構築で優秀な人材を確保できる」などの納得できる事情があれば、合意に至りやすくなります。以上のことに留意していただき、今一度単価交渉に臨んでみて下さい。
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