第52回 松山城 <愛媛県>

本丸、屏風折り石垣の上から見た、乾櫓(重要文化財)、乾門西塀・乾門東続櫓

本壇の小天守、一ノ門南櫓(重文)・一ノ門東塀(重文)・ニノ門南櫓(重文)と奥のは天守(重文)

17mの高石垣と隠門続櫓(重要文化財)

81 松山城<愛媛県>

現存12天守の一つでもある松山城は、「賤ヶ岳の七本槍」の一人、加藤嘉明が1602年に勝山に築城を始め、次城主の蒲生忠知が工事を引継いで約四半世紀をかけて完成しました。

山全体を活かした広大な縄張りで、南西側の平地に三之丸、山裾に二之丸、そして山頂を削平した広い本丸には本壇を設けています。

本壇は本丸から約8m高い位置にあり、天守・小天守・櫓を四方に配して渡櫓でつなぐ連立式天守を配し、天守への通路は何度も直角に曲がり、出入口は一箇所にするなど、防御は強固で難攻不落な構造です。

屏風折りの石垣や、高石垣、山の斜面に築いた二本の石垣を連結させた防備手法の登り石垣は、国内では松山城と彦根城にしか現存しません。
総延長230mを超え、国内最大規模を誇る松山城の登り石垣は圧巻で、目を見張るものがあります。

現在の天守は第12代藩主・松平勝善によって1854年に再建されたもので、築城主として松平家の手が加わっているため、現存12天守の中で唯一、瓦に「葵の御紋」が付されています。

天守最上階は標高161mの高さにあり、瀬戸内海の島々を一望でき、遠くは石鎚山系まで望むことができます。360度見渡せる絶景は時を忘れてしまいそうです。

 

<別称:金亀城・勝山城>

愛媛県松山市

本丸広場から見上げる、三重三階地下1階層塔型天守・筋鉄門・小天守。 現在の天守は第12代藩主・松平勝善によって1854年に再建されたもので、築城主として松平家の手が加わっているため、現存12天守の中で唯一、瓦に「葵の御紋」が付されています