第50回 郡山城 <広島県>

江戸時代に崩された、三の丸南東と御蔵屋敷下段に続く帯郭との間に気づかれた三の丸の石垣

初期の郡山城の本丸跡で、家督を譲り受けた毛利隆元が住み、元就は山頂へ移った
72 郡山城<広島県>
築城の時期は不明ですが、15世紀後半には安芸国の戦国大名、毛利氏の居城として存在していたようです。1523年に12代目当主の毛利元就が入城すると、それまでの小規模な城を郡山全体に城域を拡張していき、さらに毛利輝元(元就の孫)が回収を加え、約260年にわたり毛利氏の居城でした。
郡山山頂に位置する本丸を中心として放射状に延びる数々の尾根とそれらに挟まれた谷で、270ヶ所以上の曲輪を持つ標高390m、東西1.1km、南北0.9kmの規模は西国最大級の山城です。
1591年に郡山城は毛利輝元の広島移転後に廃城となり、1615年の一国一城令により取り壊されました。
現在、城跡は国の史跡に指定されており、麓から山全体を一周すると、広大で巧みに自然の地形を活かした山城ということが体感できます。
広島県安芸高田市

毛利元就とその後を継いだ毛利輝元が居住していたとみられる、本丸跡 輝元時代には三層三階の天守もあったとされています

