第49回 岩国城 <山口県>

北ノ丸に残る400年前の築城時の石垣

当時の石積み技術のままに修復されている、旧天守閣跡の石垣

4重6階唐造り(南蛮造)の復興天守
74 岩国城<山口県>
1608年、毛利家の岩国藩初代藩主・吉川広家によって築城。交通の要路である山陰道に近く、物資の輸送に支障がない土地で、必要な石材を近場から調達できたことから、城山(横山)に築いたと考えられています。
最初に山麓に藩主の居所である「御土居」から築かれ、2年後に山頂の本丸を中心として、北ノ丸、二ノ丸、水ノ手郭の4つの区画で構成された城郭工事が始められました。
本丸には隅櫓・多聞櫓・渡櫓門、桝形虎口で囲まれた4重6階の天守が建造され、本丸と北ノ丸の間には近世の城郭としては珍しい大きな空堀が設けられています。
しかし、完成からわずか7年後の1615年に一国一城令が出されると、吉川広家は周防国には岩国城以外に城がないことから壊す必要がないと主張するも、最終的には止む無く解体され、廃城となりました。
現在は1962年に再建された復興天守が、麓から錦帯橋と見えるように元の位置より30m程南側に建てられています。
天守から眺める錦帯橋と錦川、山麓から望む錦帯橋と背後にそびえ立つ山頂の岩国城、どちらも自然と造形美の調和が見事な絶景です。
別称:横山城
山口県岩国市

山麓から望む、錦帯橋と岩国城

