№66-H28.12月号 中小企業と「働き方改革」
「働き方改革」へのジレンマ
先般の報道でもご承知の通り、「電通の労災事件」では過酷な長時間労働の実態が明らかとなり、女性新入社員がわずか9カ月で自殺に追い込まれるという惨事を引き起こしました。本人のツイッターへの投稿や社員手帳の社員心得「鬼十則」を見るにつけ、表現しがたい痛ましい気持ちになります。
政府は「アベノミクス新3本の矢」で「一億総活躍社会」を掲げ、「働き方改革」をその柱に据えており、第3次安倍第2次改造内閣では、働き方改革担当相も新設され、9月27日には「働き方改革実現会議」もスタートさせました。中でも「長時間労働の是正」は主要テーマですが、先頃実施された日本経済新聞のアンケート調査では大企業の8割弱が「是正に着手した」と回答し、一定の効果が得られています。
一方で、中小企業では8割以上が労働環境に何らかの問題を抱えており、残念ながら一向に是正に踏み切れていないというのが実情のようです。慢性的な人手不足が解決しない限り、この問題の是正に着手することは相当困難な状況であるのも事実です。残業を減らせば、生産性が落ち、競争力を失いますので、「働き方改革」が浸透することで、冒頭のような悲惨な事故を防ぐことにはなりますが、中小企業にとっては死活問題になるという二律背反の事態を招くことになってしまいます。
来年度税制改正案との矛盾
2017年度の税制改正大綱が発表されましたが、結果的に「働き方改革」を税制面から本気で後押ししようという決意がない内容にまとまりました。それは、焦点であった「所得税の配偶者控除」が扶養となる配偶者の年収の上限を103万円から150万円に引き上げるという小手先の見直しにとどまってしまったという点からも明らかです。
本来であれば、当初案の「夫婦控除」のような所得税の抜本改革や、社会保障と税の一体改革の検討を進めることが、最も「働き方改革」につながるはずなのですが、解散総選挙の可能性を意識してか肝心な部分が先送りされてしまいました。残念ながら、配偶者の年収上限が150万円に引き上げられたところで、社会保険料が発生する基準となる「130万円の壁」など複数の年収の壁が存在する限り、就業を調整する人が大幅に減ることは考えにくいでしょう。
「働き方改革」には、それを実現するためのあるべき税体系に改正していくことが最重点課題であるはずなのですが、今回の改正案でその核心部分に踏み込もうとする意欲を感じることができないところに大きな矛盾があるように見て取れます。
改革の影響と対応
そのような矛盾を感じながらも、来年以降、中小企業においても「働き方改革」の波は押し寄せてくるものと思われます。
人手不足、過当競争、コンプライアンスの整備など労働時間は逆行する流れにあり、ワークライフバランスを実現するためのテレワークなどの在宅勤務も大企業がようやく試験的に開始した程度で、中小企業の多くはフレックスタイム制すら導入されていない会社が大多数です。
労働時間に対する国の規制が強まることも予想され、既に「36協定(労働時間の延長に関する労使協定)」の運用見直しも検討されています。これに乗じて、過払い金返還請求に味を占めた弁護士が、今度は法務の手薄な中小企業をターゲットに未払い残業代請求を煽ることも考えられます。退職した従業員が、ある日突然弁護士同伴で未払い残業代の請求に現われる-こんな事態です。
とは言え、長時間労働を放置するのではなく、生産性向上への意識を一層高めることは重要になります。労働能力の向上やIT化の推進はもちろん、これを機会に社内環境を今一度整備し、多くのムダを省くことも意外と時間短縮に貢献するかもしれません。
「改革」などというと大げさですが、まずは身近なムダをなくす取組みから始めてみるのも良いのではないでしょうか。
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