№67-H29.1月号 GDP600兆円の幻想
日本だけが成長していない?
ちょうど5年前「GDDが重要な理由」というテーマで統計上最も重視すべき指標として、GDPの本質的な意味と現状について当レポートで取り上げました。一人当たり名目(実額)GDPは国内の付加価値の合計であり、これが上がらなければ昇給はあり得ないこと、家計の支出が総額の55%強の割合で下支えしていることなどを中心にお伝えしました。
安倍首相は成長戦略の柱として、2020年頃を目途に「名目GDP600兆円」という目標を掲げたのは記憶に新しいところですが、発表当初の正直な受け止め方は、大方が「無理!」という印象であったのではないでしょうか? その理由は、日本の名目GDPが1991年から25年以上に渡り500兆円程度で推移しており、現在も継続中だからです。つまり、日本は25年以上経済成長していないことになります。
大卒の初任給を参考にすると理解しやすいのですが、この間支給額はほとんど変わっていません。同期間に米国は約3倍、中国はなんと約33倍、OECD加盟国を見渡してもここまで成長のない国はありません。その国がこの数年で100兆円増加させようというのですから、疑問符が付いてしまうのは当然といえば当然です。
30兆円増額のトリック
新聞等によく目を通されている方々はお気付きかと思いますが、直近の2016年7-9月の統計から突然名目GDP(速報値)が537.3兆円に一気に上昇しました。金額は年率換算ですからこの四半期で、30兆円以上も増加したことになります。冷静に1四半期前の2016年4-6月を見てみると、こちらも数カ月前の公表値503.8兆円から536.7兆円へ33兆円程さり気なく修正されていました。
実は2009年に国連が計算基準を見直したことにより、他国に遅れてようやく日本も同じ基準を採用したことで、前回の公表値から大幅に金額が変わることになったのです。具体的な変更点として、企業の研究開発費、防衛装備費、不動産仲介手数料、特許使用料が加わりました。少し煙に巻かれた感もありますが、政府としては一応、30兆円程度は増加を達成したということなのでしょう。
生活実態は何ら変わっておらず、むしろ消費は落ち込んでいる状況です。ともあれ、数字上はあと約65兆円の増額で有言実行ということになります。
達成は可能だとしても…
昨年5月、産業競争力会議で「600兆円に向けた官民戦略プロジェクト10」の素案が発表され、IoT、ビッグデータ、AI、ロボットなどによる「第4次産業革命」の実現で2020年には30兆円の付加価値創出を目指す具体案が示されました。FinTecの推進や高速道路の自動運転技術、興味深いものではドローン配送の実現など、最先端技術の導入で30兆円を創出しようという狙いです。
発表されたプロジェクト以外でも、潜在成長力があるとされる分野は、今回の計算基準の改定で19兆円以上貢献することとなった研究開発(R&D)費と言われています。トヨタ自動車も決算会見で「安全や環境分野への研究開発投資を増やす」ことを強調していますし、日本企業は内部留保も厚く、減税制度も後押ししますので、確かにここは大いに期待できるところです。
また、日銀の試算では東京五輪の特需で1%(5兆~6兆円)、輸出となる訪日客消費だけでも18~20年にかけては毎年2兆~3兆円の上乗せ効果があると見込んでいます。このように期待や見込みを積み上げていけば、理論上は600兆円が可能かもしれません。
しかし、残念ながら東京五輪後、さらに2025年(団塊世代が75歳の後期高齢者となる年)以降は肝心な個人消費に大きな不安を残します。その不安を解消させるためには、現状、女性の就労促進や生産性の向上など「働き方改革」による就業構造の是正を積極かつ地道に進めること以外妙案はなさそうです。
単なる数字合わせではなく、国民にとって経済成長の実感が伴うものであってもらいたいものです。
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