№134-R4.8月号 日本の賃金が上がらない理由

日本の賃金事情

今月1日、厚生労働相の諮問機関「中央最低賃金審議会」は、最低賃金(時給)の目安を全国平均961円にすることを決定しました。前年度からの上げ幅は31円、昨年度、過去最大といわれた28円(上昇率3.3%)を上回る引き上げ幅です。

岸田首相が自民党総裁選で掲げていた「令和の所得倍増」は、さり気なく「資産所得倍増」にすり替わってしまったものの、コストプッシュ型の物価高への対策として、官製賃上げ」で最低限の賃上げを実現しようとする意図は伝わります「失われた30年」と言われますが、この30年間経済成長していないのと同時に、賃金も増えていません。

内閣官房の統計データ「賃金・人的資本に関するデータ集(令和3年11月)」を見る限り、中小企業(資本金1千万円以上10億円未満)の財務動向は、2000年度から2020年度にかけて、現預金は49.6%の増加(+40.1兆円)、経常利益は14.9%の増加(+1.6兆円)、設備投資は8.3%の増加(+0.8兆円)、配当は216.6%の増加(+1.6兆円)している一方、人件費は15.9%の減少(▲12.5兆円です。

大企業(資本金10億円以上)も同期間で0.4%減少(▲0.2兆円)していますので、直近の20年は、全企業が賃金を抑えて、資金を潤沢に蓄えてきたということでしょう。賃金が上がらないのは、政府が「官製賃上げ」や定年の引き上げを実施しても、企業は人員減など賃金をトータルで抑えることでコスト増を回避したことが要因と考えられます。

外国人労働者の増加

長期間のデフレ経済についても、賃金が上がらないことが家計消費を抑制し、需要不足を生み出しているという見方が有力です。

では、何故日本の賃金は上がらないのでしょうか? 前述の企業が手元流動性を厚くしていること以外には、この30年間、外国人の安い労働力に頼っていたことも一因です

職場で、中国や東南アジアなど外国人の受け入れが始まり、最初は製造業主体でしたが、現在では飲食業や介護などサービス業にも広がってきています。そのため、賃金を上げる必要がなかったということです。資本主義先進国が躍進したのは、安い労働力を使って生産性を高めてきたことにあり、特に内国企業はこの慣習から中々抜け出すことができなかったのかもしれません。

厚生労働省発表の「「外国人雇用状況」の届出状況まとめ(令和3年10月末現在)」によれば、2021年末は新型コロナウイルス感染拡大による入国制限から減少傾向にあるものの、2020年末の外国人労働者数は過去最高の約172万人で、10年前と比べて約3倍になっています。

しかし、新型コロナウイルスの感染拡大、ロシアのウクライナ侵攻、円安などが長期化すれば、一転して外国人労働力の確保が難しくなる局面も想定されます。外国からの労働供給が引き締められれば、国内の労働力が不足するため、賃金を上げざるを得なくなるのではないでしょうか

コストプッシュ型インフレ

その他、労働法による労働者の待遇改善も進み、労働側の権利も強化されています。「一億総活躍社会」を旗印に中小企業にも働き方改革が浸透し始めていますが、経営側もすんなりと応じている印象ではありません。

大企業では「役職定年」が一般化し、中小企業においても拘束力の弱い派遣社員契約が広まっていますまた、現在は、以前にもお話したコストプッシュ型インフレ(悪いインフレ)も影響しています。

通常は、他国のように需要が旺盛になれば、物価が上がり、企業は増産して利益が増えることで、賃金が上がる仕組みですが、日本は原材料やエネルギーの高騰で、輸入コストを価格に転嫁する物価高により、企業はコスト負担が増えるだけで、賃金を上げる余裕などありません賃金を上げても、長寿社会の日本では老後不安からの貯蓄に回してしまうという懸念もあるのでしょうか。

50年前には「一億総中流社会」という言葉が流行しましたが、経済成長が鈍化した今となっては懐かしい響きです。当面は政府の「資産所得倍増」計画に基づいて繰り出される施策に期待することにしてみましょう…。

 

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