№135-R4.9月号 役員借入金は会社の秘密兵器

手軽な資金調達手段

企業経営は決して順風な時ばかりではありません。業歴が長い会社ほど様々な要因での資金不足を乗り越えてきた経緯がある印象です。

その際の資金調達先として、社長や親族から借りるというケースが中小企業ではよく見かけられます。金融機関から調達すれば、金利負担や返済義務に追われますが、身内であれば手続きも面倒でなく、事実上「有る時払いの催促なし」で問題ないからです

稀に、個人の金利収入目的で、潤沢な資金を有する会社が社長からの借り入れを意図的に返済していないという例もありますが、決算残高にある「役員借入金」の大部分は長年返済が滞っている債務です。

反対に、役員への貸し付けは、会社は利益を追求する組織であるという観点から利息の徴収が必要になり、その利息相当額は、税務上「令和4年中に貸し付けたものについては年0.9%」と定められている(所基通36-49、租法93②)ため、「役員貸付金」は事業が芳しくないか公私混同が激しい会社でない限り登場しません。

借り入れは、利息の支払い義務はありませんが、金額が膨らみ事業承継のタイミングになると、自社株同様相続財産の一部として相続税の対象となってしまいますので、長期間の放置はNGです。

財務指標の改善手段

「役員借入金」で財務指標を改善することも可能です。

1つ目は「役員借入金」を「資本金」に振り替えるDESという手法で、固定負債が純資産に変わることで自己資本比率が改善します。実際には、金融機関も「役員借入金」は「自己資本」として評価しているため、査定上の影響は然程ありません

しかし、借入金から振り替える出資(株式)は、税務上時価で評価するため、会社が債務超過の場合、「債務滅失益」という想定外の利益が発生することがあります。そのため、最初に社長が増資で返済予定額を会社に出資して、増資手続き完了後に相当額の返済を受ける流れ(疑似DES)が一般的です。

また、繰越欠損金がある場合には、社長が「役員借入金」の全部または一部を放棄する方法もあります。会社は債務免除益(特別利益)」を計上することで決算書上の「利益剰余金」が増え、債務超過の解消や内部留保を一層厚くすることも可能ですその際は、伝票上だけで済ませるのではなく、社長と会社間で『債権放棄通知書』を作成しておく必要があります。

この手法も単なる勘定科目の操作に過ぎませんが、DESと異なり、資本金額は増加せず、決算書上の「繰越利益剰余金」が増加するため、会社の業績が回復すれば、通常の利益の蓄積と区分ができなくなるのがメリットです。債務免除(債権放棄)が実行されれば、同時に社長の相続財産を減額することができ、先々は相続税対策としての効果も期待できます

計画返済で節税

実務の現場では、多額の「役員借入金」残高を有しながら、高額な役員給与を支給している会社を度々見かけます。赤字の場合でも、年間800万円程度の支給は珍しくありません。

例えば、役員給与の年額が840万円で、「役員借入金」残高が1,200万円であれば、今後5年間は、社長に対して役員給与が年額600万円、「役員借入金」の年間返済額が240万円という支払い方も有効です。

毎月の役員給与を20万円減額することで、所得税、住民税、社会保険料が軽減でき、代わりに返済金の20万円(毎月)を受け取ることで社長の手取りも増えます

このように、「役員借入金」残高がある場合、ある程度税金や社会保険料をコントロールすることが可能ですので、法人の現状に応じて適時適切に返済計画を実行するのも一案です。

「役員借入金」は中小企業にとって大変使い勝手の良い勘定ですが、資金不足の際の最後の砦でもあります。役員給与を高めに設定する理由は、有事の際の事業資金を生活費とは別にプールしておくためです

金融機関と良好な関係を築くことはもちろんですが、社長個人が何時でもまとまった資金を会社に提供できる金融資産を備えておくことで、財務指標の判定には表れない安全性と強靭な企業体質を築くことが可能になります。

 

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