№137-R4.11月号 扶養から外れる「壁」の問題
夫の扶養に入れなくなる…
毎年この時期になると、税理士事務所から年末調整に向けての資料提出の依頼がきます。その少し前には、突然、社員から「夫の扶養に入れなくなるので、休ませて欲しい」と言われ、どう対応して良いか困ってしまった経験をお持ちの経営者も少なからずいるかと思います。
過去には、代替のスタッフが間に合わず、止む無く社長が身銭を切っているケースにも遭遇しました。一度味を占めると、そうした社員は毎年のように同じ要求を繰り返すため、社長は負担が増えると今度は税理士に対して、該当者の「給与支払報告書」を役所に提出しないよう依頼するようになります。これを許すと他の社員へも「脱税」が波及しかねません。
そもそも、この「夫の扶養に入れなくなる」問題について、要件をどの程度正確に理解しているかというと、相談を持ち掛けた方々に直接お聞きしたことがありますが、多くの場合、ざっくりと「103万円以下であれば良い」と人伝に知った程度のようです。税理士(事務所スタッフを含む)でさえ、本当に把握しているのか微妙なこともあります。
この問題の本質的な部分が「家計全体としての手取り収入が減るか否か」であれば、「夫の扶養に入れなくなる」ことが、そこに直結するかどうかを慎重に考えて行動すべきです。
税金、社会保険料の壁と扶養手当
夫の年収が433万円(令和2年平均)の場合、まず、「103万円の壁」ですが、ここを超えても収入が増えれば手取りも増えるため、世帯収入としては問題ないはずです。
130万円の壁を超えなければ、税金はかかっても手取り額は増え続け、夫も変わらず配偶者控除が受けられるため、働いた分だけ世帯としての収入は増え続けます。
年収が「130万円の壁」(従業員数101人以上であれば前月からの改正で「106万円の壁」となりました。)を超えると、夫の社会保険の扶養から外れることで自身が社会保険に加入する必要が出てくるため、手取り額が大きく減ってしまいます。
手取り額を回復させ、世帯収入を再び増加させるには150万円を超えて稼がなければなりません。夫の年収が高い場合には、所得税率が上がれば、夫側の税メリットが変わるため、注意が必要です。
その他にさほど影響はありませんが、実は「100万円(自治体によっては93万円~)の壁」も存在します。
この壁の正体は、超えると本人に住民税の均等割額(通常は年間5,000円程度)が発生する免税点です。本人に全く負担がなく、完全に夫の扶養に入るのであれば、収入は100万円までということになります。
さらに、死角になりやすいのが「配偶者手当(扶養手当)の壁」です。慎重に検討して「103万円の壁」を超えて世帯収入を増やす計画が、逆に夫の配偶者手当が削られてしまう羽目に合ったというケースもあります。
近年では、大手自動車メーカーのT社を始め、大企業を中心に配偶者手当廃止の動きが出ていますが、T社でも2021年までは月額1万9500円支給していたようですので、税金の壁にばかり捕らわれていると大きな損失を被ってしまうこともあります。
就労調整が経済成長の壁
マクロ的に見た場合、こうした行動は決して付加価値(GDP)の増加にはつながりません。働く女性は増加していても、これらの壁(世帯収入が減る誤解を含む)があるために就業調整が行われてしまうからです。
野村総合研究所の調査では、配偶者のいる女性のパート労働者の実に61.9%が就業調整をしています。106万円を超えて働くと、社会保険料が引かれて手取りが90万円程に減るのであれば、「働き損」と考えるのが正論でしょう。
在職老齢年金の制度緩和により、高齢者は働きやすくなりましたが、働き盛りの女性の就業調整問題は一向に解決されません。前述の調査で、「年収の壁が取り払われれば、年収が増えるようにもっと働きたいか」の質問に対しては、「とてもそう思う」と「まあそう思う」と回答した人が79.8%を占めています。
個人消費を増やすためには、何より家計の収入を増やすことが先決です。壁を低く設定することは、むしろ労働意欲、購買意欲を下げ、かえって生産性や税収を減らす要因になっているのかもしれません。
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