№175-R8.1月号 労働力確保と各種政策

年収の壁

先月19日、2026年度の税制改正大綱が決定しました。今回の最大の注目点は、所得税がかかり始めるラインである「年収の壁」を、現行の160万円から178万円へ引き上げることが決まった点です

「年収の壁」とは、すべての人に適用される「基礎控除」と、会社員など給与所得者に適用される「給与所得控除」の最低額を合算した金額を指します。現在は年収200万円までの低所得層に対して基礎控除が最も手厚くなっていますが、今回の改正により、年収665万円までの中所得層にも対象が広がります物価上昇局面で国民の手取りを増やすことが政策の目的ですが、経営者の視点で見ると、従業員の労働時間を延ばせる余地が広がる点は大きなメリットです。

所得税の非課税限度額が引き上げられることで、これまで扶養の範囲内で働くことを意識していた主婦層や学生が、労働時間を延ばしやすくなります既存人材の就労時間が増えれば、新規採用に伴うコストや手間の削減にもつながります

総務省の労働力調査によると、2025年11月時点の労働力人口(就業者数+失業者数)は7,033万人と7カ月連続で7,000万人を超えています。中でも女性は3,228万人(前年同月比46万人増)と45カ月連続で増加しており、65歳以上のシニア層も961万人と前年を15万人上回っています。今回の「年収の壁」引き上げにより、人口減少が進む中にあっても、当面の間は労働力拡大の余地が見込まれます

在職老齢年金

所得税の「年収の壁」は改善される一方で、社会保険については、労働時間や賃金が一定の基準を超えると扶養から外れたり、強制加入となったりする問題が依然として残ります。

シニア層に関しては、在職老齢年金」の支給停止基準額が近年大幅に引き上げられており、労働力人口の拡大に一定の効果を上げていると考えられます。「在職老齢年金」の支給停止基準とは、給与や賞与を月換算した「総報酬月額相当額」と老齢厚生年金の「基本月額」(加給年金を除いた報酬比例部分)の合計が基準額を超えた場合、その超過分の一部が支給停止される仕組みです。

この基準額は現在51万円ですが、今年4月から62万円へ引き上げられます基準額が低いと「年金が減るなら働くのを控えよう」という行動につながりがちですが、62万円まで引き上げられれば、現役並みの賃金を得ても年金が減額されるケースは少なくなります

現在の60歳代以上は健康で体力的にも充実した人が多く、長年の経験に裏打ちされた知識や技能は、企業にとって極めて貴重な戦力です。「在職老齢年金」の拡充は、こうした人材の活用を後押しするものといえるでしょう。

労働時間の規制緩和

高市新政権発足後に示された総合経済対策では、「心身の健康維持と従業者の選択を前提に、労働時間法制の在り方を多角的に検討する」と明記され、労働時間の規制緩和が検討課題として挙げられました。日本経済新聞の「社長100人アンケート」でも、政府による労働時間規制緩和の検討について、86.3%が支持する結果となっています

賛成理由(複数回答)では、「柔軟な働き方の実現につながる」が92.6%(最多)で、「深刻な人手不足の緩和」は31.7%です。労働基準法では、労働時間は週40時間、働き方改革関連法で残業は月45時間が上限とされています。経営者の立場からすれば、業務特性に応じた労働時間の柔軟化や、裁量労働制の適用範囲拡大などが進み、人材確保の選択肢が大きく広がることを期待したいところです

「年収の壁」の引き上げは決定しましたが、労働時間の上限規制が現行のままであれば、労働力確保の効果は限定的にとどまる可能性があります。生産年齢人口が減少する中で、女性やシニアといった多様な人材が能力を発揮できる環境整備は、中小企業にとって事業存続の重要な鍵です。

今後は制度改正による労働参加の促進と、DX推進による生産性向上を両輪とし、限られた労働力を最大限に活かす経営がますます求められる時代になるといえるでしょう。

 

<複製・転写等禁止>

おすすめ図書

前の記事

生き方