№173-R7.11月号 「株価高騰下での不況感」

株価上昇の背景

前月21日の高市新政権発足以後、積極財政による経済成長路線の強化に対する期待感から株価が急上昇し、日米首脳会談前後にはついに5万円の大台に達しました。自民党総裁選で高市総裁が選任されてからは、「高市政権」の誕生を見越して株式を含む金融商品の売り買いが活発となり(高市トレード)、日経平均株価は昨年3月に4万円を超えてからわずか1年7カ月程度で5万円を超えてしまいました。

5万円を超えたマクロ的要因には、支持率70%を超える高市政権への長期化・安定化への期待もありますが、米中貿易戦争の一時的な停戦も大きく影響しています。昭和生まれの世代には、「2020年から5年間の実質経済成長率は0.8%程度なのにバブルではないか」との懸念もありそうですが、今回は円安による製造業の好業績、半導体関連産業の好調など企業のファンダメンタルズに裏付けられている株価水準との見方が大筋です

経済指標で検証してもバブル期には日経平均を構成している銘柄の予想PER(株価収益率)は70倍、PBR(株価純資産倍率)も5.4倍を超えていましたが、今の日経平均の構成銘柄の予想PERは18倍程度です。また、インフレで取引金額が増加すれば企業収益が拡大するため名目GDPの上昇要因となり、株価が上がるのは自然な現象といえます。

不況感を与える要因

株価は活況を呈しているのに、なぜ多くの国民は景気が良いと感じていないのでしょうか。「不況感」とは、生活が豊かになったという実感が乏しい状態をいいます。この要因と考えられるのが、ここ数年の物価高です。

個人的には物価高を招いている最大の理由は円安にあると思っています円安で輸入物価が上がれば、企業は多くの商品に価格転嫁せざるを得なくなり、最終消費者は必然的に負担が増えますその円安への効果的な対策の一つとして政策金利の引上げがありますが、前月末の日銀の政策決定会合では「関税影響の点検継続」を理由に、政策金利は0.5%に据え置かれました。

日銀としては、安定した物価高が継続している状況で金利を上げたい局面ですが、新政権で活気づいている国民心理に配慮したかたちです。金融政策の観点では、金利を上げて日米金利差が縮小することでの円安是正が求められますが、今回の決定により為替は逆に円安の方向へと加速しました政策金利が上がれば住宅金利や企業が設備投資等で必要とする融資の長期金利に影響を及ぼすことなどが考えらます。

しかし、物価上昇を抑える目的では150円台を超える過度な円安を早期に是正することが優先です今後の日銀の利上げ観測と為替の動向に注目してみてください。

労働分配率の逓減

実質賃金の上昇が芳しくないことも「不況感」のもう一つの要因と考えます。統計上も物価上昇に耐え得る上昇かは疑問です。最近ベストセラーとして話題の『株高不況』(藤代宏一著)に興味深い指摘を見つけました。大企業の「労働分配率」が2020年以降低下しているとのことです

「労働分配率」は、人件費/付加価値で算出されるため、付加価値(≒粗利益)の上昇に比例した人件費を支給していないことを意味します。しかし、大企業はその余剰分で内部留保を厚くしているわけではなく、主に配当や自社株買いで株主への還元を強化しているのです

2023年3月に東京証券取引所がPBR1倍を割っている企業に対して、改善策を開示・実行するよう要請したことや海外投資家の割合が増えていることも株主重視を進める引き金となっています。こうした状況下で株主還元の恩恵を受けるのは一部の投資家と考えると、利益の配分が社員から株主へ流れている分昇給が抑制されることも不況感の一因かもしれません

日本経済は、過去最高株価、5年連続で過去最高税収、上場企業全体の純利益合計額は4年連続過去最高を更新するなどマクロ的には絶好調です。自社の従業員が不況感を抱いているのであれば、根本的な解決策は賃金上昇に耐え得る粗利益の確保(付加価値の上昇)以外にありません。

 

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