№148-R5.10月号 社会保険の「年収の壁」

「年収の壁」と就業調整

今月より「インボイス制度」が開始され、バックオフィスでは慌ただしさが普段より増していますが、同時に、もう一つ大きな改正が始まり、該当者からの質問や対応に追われている状況です。

それは、社会保険のいわゆる「年収の壁」問題で、政府はその解決に向けて、従業員の年収が一定の水準を超えても手取り収入が減らないように取り組む企業を助成する制度をスタートさせました。

「年収の壁」とは配偶者の扶養に入って働く人が、一定の年収額を超えると扶養を外れて年金や社会保険料の負担が生じ、手取り収入が減ることの例えで、従業員が101人以上の企業などで働く人は、年収が106万円を超えると扶養を外れ、厚生年金や健康保険料の支払いによって手取りが減ることになります。

近年、最低賃金の引き上げが続き、パートタイムで働く人などが年収を配偶者の扶養の範囲内に収めようと、働く時間を減らす「就業調整」を行うことが、企業の人手不足を加速させているという問題がクローズアップされていました

今年9月に実施された野村総合研究所の調査でも、配偶者がいるパートタイム等で働く全国の20歳から69歳の女性約3,000人のうち、61.9%が「就業調整」をしていると回答しており、年収の壁を超えても手取りが減らないのであれば年収が多くなるよう働きたいかとの質問には「とてもそう思う」が36.8%、「まあそう思う」が42.1%と、80%近くが年収増となる働き方を望んでいることがわかり、年収の壁を意識した就業調整が人手不足を助長していることを裏付けています

曖昧な「年収の壁・支援強化パッケージ」

政府は「就業調整」の解決策として、年収がおおむね125万円を超えると手取りが増え始めるという根拠に基づき、その水準まで賃上げを行うなど実質的に保険料を肩代わりする企業に対して、従業員1人あたり最長3年間、最大で50万円の助成金が支給することを決めました。

従業員が100人以下の企業では、ここが「130万円の壁」となりますが、130万円を超えても、一時的な増収であれば、連続して2年までは扶養にとどまれることになっています。「130万円の壁」を超えた場合の扶養の条件として、事業主側が一時的な増収と証明し、扶養している配偶者が働く企業の健康保険組合などが認める必要がありますが、単純に思い浮かぶ回避策は、3年目に130万円以下に戻すのを繰り返すパターンです。「一時的な増収」という文言が曖昧なため、このような行為が許容されるのか、支給上限はいくらまで可能かなどがわかりにくくなっています

ただ、2024年10月からは「年収の壁」の対象とされる企業規模要件が従業員101人以上から51人以上まで広がり、2025年には大規模な年金改正が実施されることから、扶養の2年間の猶予期間は「国民皆保険」に向けた布石とも考えられます。超高齢化・人口減少社会に耐え得る年金財源を確保する前提であれば、近い将来「年収の壁」は大きく下がるはずです

第3号被保険者制度の是非

社会保障制度の公平性の観点では、収入に応じた社会保険料を納めることが基本です。専業主婦など会社員に扶養される配偶者は「第3号被保険者」として扱われ、パートタイマーとして働いても収入が一定額以上になるまで負担が求められないこと自体優遇されているという見解もある中、今回の助成金制度は、時限措置とはいえ、収入がその一定額を超えても、国が保険料を肩代わりして手取りが減らないようにするという、さらに手厚い優遇を行う内容です扶養に入らずに社会保険料を負担している自営業者の配偶者などとの公平性にも欠けることになります

現状の扶養制度を存続すれば、現役世代の負担が増えるばかりで所得代替率はさらに上がり、さらなる物価上昇に耐えられない世帯が続出するでしょう。国の年金制度自体は、一方的な支給額の減少や支給開始年齢の繰り下げにより破綻することは考えにくいですが、「年収の壁」を本格的に議論するのであれば、同時に「負担なき給付」(第3号被保険者制度)を容認し続けることへの本質的な問題にも取り組んでもらいたいものです

 

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